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18/藤原敏行朝臣 すみのえの

住之江の 岸に寄る波 よるさえや
夢の通ひ路 人目よくらむ



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住之江の岸に寄せる波… その「よる」波のように訪れる「夜」に見る夢の中でさえ、わたしはあなたへの恋路を人目を忍ぶように隠さなければならないのでしょうか…

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岸に寄る波が「夜」を誘引。 「夜」という言葉に掛かる「序詞」だそうですが… これは、正直言ってかなり強引に感じちゃいますね。 しかし、この時代こういう風に何でもかんでも言葉遊びにしたがるっつーか… 日本人って、老若男女区別無く、一般的に「駄洒落」が大好き何じゃないかと思うんですけれど、平安の昔からこうなんだから、仕方ないですね。(笑)

それから、「人目 よく らむ」というのは、一寸意味の取りにくい分なんですが、「人目」が文字通り「他人の目」、「よく」は「避ける」という意味で、現代の言葉で云うと「よける」に当たります。(多分) 「らむ」は推量の助動詞です。

平安の恋愛シーンでは、「夢」が意外にも重要…
好きな人の夢の中に出て来たり、好きな人を夢に見たがったりでもう大変です。 
この歌は、そう云った、夢の中の逢瀬でさえも、人目を忍ばなければならないなんて… という苦しい胸の内を現しているのですけれど… 

これって、誰が主役なのか今一歩解らないんですよね。

色々な解釈を探してみましたが、歌を読んでいる本人が主役(人目を忍んでいる)というものもあれば、歌を読んでいる人が恋している誰かが主役(人目を忍んでいる)とするものもあり… と、入り乱れています。

わたしとしては、歌を詠んだ本人、彼自身の胸の内だという解釈が妥当と思います。 
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