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その時、何が起こったか/恐怖夜話

あの日… 
 
そう、あの日。
 
爽やかな筈の五月の風。 しかし、今にして思えば、爽やかであって然るべき空気が、どう云う訳かやけに鬱陶しく… 何やらじめじめとした、五月と云う季節に似つかわしくない陰鬱な雰囲気がわたしの周りに重く暗く澱んでいたような… 確かに、そんな気配を感じたのでございます。
 
あれは、昼休みの事でございました。
 
わたしはいつもの様に会社の近くのドトールに赴き、そして、またいつもの様にアメリカンコーヒーとミラノサンドBを注文したのでございます。 
 
貧しい食事だとお思いでしょう。 ですが、わたしの貴重な時間を、何処に食べに行こうかとか、何を食べようかとか、食事にありつくというただその為だけに費やさなければならない移動の為の時間とか、そう云ったものが、何よりも無駄だと感じるわたしの気持ちをお察し下さい。 昼食など、ただ空腹を慰める事が出来ればそれで良いのです… 肝心なのは、満足のゆく美味しくて充実した昼食を追い求める換わりにわたしに与えられるその時間… ただそれだけなのでございます。 
 
ただそれだけの為に、わたしは毎日、ドトールで昼食をしたためるのでございます。
 
あの日も、粛々と列に並び、そしてわたしの順番が巡って参りました。 
ふと目を上げると、あの女性従業員がそこで微笑んでいたのでございます。 

毎日の様にドトールに通っておりますと、好むと好まざるとに関わらず、言葉こそ交わさないものの従業員の方々とも顔見知りになるものでございます。 その中にあって、彼女は、従業員と客の間に期待される「薄い知己的」な関係から逸脱しはじめている様に思え、些かの困惑が否めないのでございますが… 詰まり、彼女は、わたしの顔を見ると注文を受ける前から既に、アメリカンコーヒーのMサイズの用意を始めるのです。 今日も、彼女は微笑みとともにアメリカンコーヒーのMサイズを差し出したのでございます。 そう… 注文する前から…
 
しかし、それはいつもの事。 
ですから、この日もいつもと同じ風景に彩られていたはずの昼食の時間だったのでございますが… 
 
そろそろ、あの恐怖の出来事を語る時が参りました。 
 
わたしは、いつもの様にコーヒーとミラノサンドの乗ったトレーを窓際のカウンター席に置き、コーヒーが程よく冷めるまでの間、食べ物はトレーに乗せたままに手をつける事なく、椅子に納まり、早速、その時に丁度、読み掛けておりました文庫本「博士と狂人」を鞄から取り出し、読み始めたのでございます。 そして、暫くの間、本の内容に完全に集中しておりました。 ところが、あるふとした瞬間に、視界を右往左往する小さな黒い影に気付いたのです。 
 
「あ… これは…」 それは、一匹のショウジョウバエでした。
 
何処からともなく現れたショウジョウバエが、何故なのでしょう、わたしの極近くばかりを細かく円を描きながら飛び回り始めたのでございます。 わたしは、当然の様に、右手でもってその小さな、しかし衛生面での懸念が感じられるハエを追いました。 二度、三度… 何度となく追い払っても、そのハエはしつこくわたしの周りだけに纏わりついて参るのでございます。 更に激しく手を左右に払い、仕舞いには両手を振り回す様にして、わたしは何とかしてショウジョウバエの脅威から逃れようと半ば必死でございました。 パニックに近い感情に囚われていたのでございましょう。 しかし、わたしのなかの冷静な部分は、このままこの様な行為を繰り返すことで、逆に、思わぬ事になるやもしれない… と云う事が薄らと、解っていた様に思われてならないのでございます。 
 
例えば…
 
例えば、わたしのまだ手を付けていないコーヒーの中にこのハエが飛び込む…
 
その余りにも恐ろしい可能性をリアルな映像として頭の片隅で感じながらも、狂った様に振り回す手を止めらずにいるわたしの目に、まるでデジャブの様に展開する現実の光景が飛び込んで来たのは、まさに… まさに、その直後だったのでございます…
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2007年05月24日 | Comments(0) | Trackback(0) | 恐怖夜話
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