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日本語は難しくない?

唐突ですが。
日本語は外国人の方にとって、本当に、難しいのでしょうか?

私は…

実は「難しくない」んじゃないか?と思うんですよ、ね。

日本語は、1音1文字。 
そして、1音1文字を表現する事の出来る、平仮名の存在。
それ故に、文字を綴る時に「綴りを覚える」必要が無い。

つまり、平仮名48文字さえ覚えれば、言葉を書く事が容易に出来る。

アルファベットは24文字で表記出来るから、平仮名の半分の字数を覚えれば全てを覚えた事になるので簡単… かと思いきや、結局のところ、その24文字を様々に2つ乃至は3つ組み合わせて、ある一つの「音」を作らなければならず、しかも、それぞれの「音」を作る場合の規則(=綴り)が曖昧(ラテン語系の綴りは規則的?)だったりして、その文化も成り立ちも違う言語を母語に持つものにとっては、非常に取っ付き難いように思うのです。(実際、わたしに取っても非常に取っ付き難い!(笑))

発音は難しいらしいという話を聞きますが。 (単純過ぎて? 母音が多過ぎて?)

膠着語的である事で(膠着語と云い切って良いのかは不明)日本語は、構文がはっきりしておらず「て・に・を・は」さえ間違わなければ、意味が通じる。
しかも、ぶっちゃけた話し、意味を掴む場合に於いて、「て・に・を・は」すら必要としない… とさえ云える。
日本語は、稀に見る、柔軟な言語ですから。

外来語が入り易いのも、このことが影響しています。 だって、それぞれの外国語の音節の発音に似ている片仮名をそれぞれに当て嵌めてやれば良いのだから。

結局、難しいのは、漢字仮名混交文を「読む」こと。
つまり、漢字が難しいのであって、日本語が難しいんじゃない… のではないかと。

聴き取りは、難しいですかね?
同音異義語が多いからなぁ。

その他に、簡単だと思える点は。
定冠詞が無い。 あれ? 無い…ですよね?
単数、複数の区別が無い。 ん? 単数複数の区別の有る言語を母語としている人にとってはこれは、混乱を招く基なのか…?

次第に弱気になって来ました(笑)が、頑張って続けます…

日本語が簡単なんじゃないかと思う最大のポイントは、やはり、「構文がはっきりしていない事」でしょうか。

何と云いますか…。
日本語には「構文」的な概念が乏しいのかなぁ、と思っているのです。

例えば。

私は、納豆を、好きです。
好きです、納豆を、私は。
納豆を、好きです、私は。
私は、好きです、納豆を。

ってな具合で、一寸変ですがどの語順でも一応の意味は通るでしょう?「?です」「?が」「?を」という、助動詞、助詞なんかに単語の持つ役割が支配されている…んですよ。(つまり、膠着語)

然るに、語順に囚われず、云いたい事を表現するのが簡単かな? と思うのです。

私は、外国語は全然ダメなので、良く解らないんですが…
外国語に於ける「てにをは」は、イーコール、構文なのでは?

それで、構文から外れてしまうと、同じ単語を使っても意味がまったく通じない事(?)になるの、か、な… なんて…?

個人的に、外国語を発っしようと思う時にそれを思い留まらせる(阿呆?)原因に、「単語をどの順番で組み立てたら良いのかに対して一瞬のうちに判断をつける」ことが出来ないから… なんですよね。 

お友達から聞いた話。

以下、彼女の話。
海外のホテルでドアマンに「Good morning call me taxi」 と笑顔で話しかけたんです。
私達なら、タクシーと聞きとれば、タクシーを呼びたいのだろうと思いますよね?
でも、そのドアマンは 「Good morning, Taxi」ですよ…。


彼女はこれを、一種文化的な「間違えたときに、真意を推し量ってあげる国民性」の違いなんじゃないかという意見だったのですけれど、わたしには寧ろ、英語で表現する場合に「解釈を間違える余地」があるからこそ誤解が生じるんじゃないかと。 上の例では、恐らく、単語の選び方が不適切であった事と構文に問題があったことで「わたしにタクシーを呼んで」という意味ではなく「わたしをタクシーと呼んで」と云う意味に取られてしまったのでしょうが、まさに、こういった場合、日本語でなら、例え片言であっても「おはよう!呼んでくれ、わたしに、タクシー」となって意味が通じますよね?

これに対する答えとしてはほぼ間違いなく「おはよう!タクシーさん」とは成らない… と思うのです。 

ところで、以上の論(論か?)は、「面と向ってどうにかして意思の疎通を図る場合」という視点です。
ですから、ここでは「漢字」の問題はありません。 話し言葉に限っては、イントネーションの問題はあっても漢字がどうのこうのという事はないですもん。 それに、日本語のイントネーションはそれ程抑揚がある訳ではなく元来平板なのでその点でも問題にならない… 筈ですし。

勿論、日本語の文章を「読み解く」のはある程度、難しいでしょう。 漢字が読めない事、漢字の意味を把握出来ない事、平仮名に加えて片仮名が登場する事など、色々な問題があるからです。

しかし、よく考えてみて下さい。 

わたし達が(わたしが?)横文字を読む時に最も困難なのは、文章の句切れの場所が判断出来ない事なんです。 そして、蟻がズラズラと連なって行進しているようなアルファベットの列に目がくらくら… つまり、日本語に漢字が交じっている事で、逆に、ある程度の句切れ部分の判断が容易なんじゃないかと思うんです。 辞書さえあれば問題解決ですね。 全く素晴らしい。

ビバ! 日本語!
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2007年03月03日 | Comments(6) | Trackback(0) | 言の葉
コメント
私は、納豆を、好きです。
Mi natoon frandas.

好きです、納豆を、私は。
Frandas natoon mi.

納豆を、好きです、私は。
Natoon frandas mi.

私は、好きです、納豆を。
Mi frandas natoon.
ハスヨス URL 2007年03月04日 00:19:32 編集
えてゅぺらんたもべんりいいね。
ユイー URL 2007年03月04日 00:38:21 編集
 日本語の難しいのは「タクシーを」「タクシーと」という使い分けです。「解釈の余地」は英語の方がずっと少ない。だから迷わず"Taxi"と「呼んで」くれるわけで。それに倒置法は世界中にあるから日本語の利点とは言えない。モリエールの「町人貴族」でもネタにしています。
 世界的にはとても難しい言語だと思いますよ、日本語。元々論理的でないし、第一思った通りを口走ってはいけないんですもの(苦笑)。
そんぴ URL 2007年03月04日 06:32:52 編集
 「複雑な単語を少ない語数で」と「単純な単語をたくさん費やして」というのは人類の長年の課題です。コンピュータの世界でもCISC(Complex Instruction Set Computer)とRISC(Reduced Instruction Set Computer)のどちらが優れているかまだ決着がついていません。少ないアルファベットをたくさん並べる欧米型記述はRISC、漢字を持つ日本語はCISCに近いのでしょうね。だから英語は早口なんだ。
 「私、呼んで、タクシー」って日本語で言われたら日本人だってそう呼んで欲しいのかと思いませんか?日本語では「タクシー呼んで」と言っていいので日本人には楽ですが。"Call taxi me."って言ったらもしかしたらタクシーを呼んで貰えたかも。「正しい文法で言わなくても通じる」というのは絶対に「利点」ではなく「よりその言語を難解にする要素」です。
 イタリア語って英語に比べたら日本語的な印象を持ちました。必要なければ主語を省略していいあたり。
そんぴ URL 2007年03月04日 06:41:49 編集
>そんぴさん
日本語の利点は「倒置法」じゃないんです。
そもそも、語順がはっきりとしていないところ… 無論、これは、難しさの源でもある訳ですが、この場合「外国人が片言で喋る」というシチュエーションでのお話なので、一種、滅茶苦茶でも意味が通るというか… 曖昧だからこその難しさはもう一歩踏み込んだ段階での出来事なのかな、と思いませんか? それから最も「簡単」だと思うのは、やはり、一文字に一発音という「綴り方」の単純さ、なのです。 平仮名の世界の話です。 

しかし、よく考えてみると、日本語にも表記と発音の違いが歴然とありますね。

洗濯機は「sentakuki」じゃなく「sentakki」だし…
原因は「genin」じゃなく「ge^in」だし…

うーん。
ユイー URL 2007年03月04日 14:57:39 編集
追記
そうそう、イタリア語はかなり簡単っぽい(?)と思っています。 何となく日本語っぽいような気もしますし…(レテビのイタリア語講座を少し齧った(笑))
イタリア語は発音もほぼ日本語でのローマ字読みでOKで読み易いところも良いですね。
ユイー URL 2007年03月04日 15:00:15 編集

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