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【検コ002】チャイルド44

検証プロジェクト/チャイルド44

20090113122945


■2009年1月13日 昼

久し振りの検証プロジェクトである。

果たして、本当に「このミステリーがすごい!」の入賞作品は凄いのか?

昨年は、主な上位作品が既読だった為、検証することが出来なかったが、今年は、敢えて読まなかった作品がお誂え向きに一位だったので、検証のし甲斐があるというものである。

しかし…

検証以前の問題っつーか、とにかく、この帯がすげえ恥ずかしいんですけど…
 
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■2009年1月15日 深夜2時過ぎ
 
チャイルド44、上巻読了。

これは、めっけものかも!

何となく表紙イラストのイメージから鬼畜系かと思って敬遠しちゃってたけど、全然、思っていたのと違うじゃん!

飾らず、畳み掛けて来るような筆致もさることながら、主人公や周辺の人々の人物造形がしっかりしていて、それが閉塞感溢れる崖っぷちの状況と相俟って深い。 

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■2009年1月17日
 
チャイルド44、読了。
 
ううむ。 面白かった!
1980年代から1990年代に掛けて、ロシアで実際に起こった猟奇連続殺人事件をモチーフにしつつも、そのセンセーショナルな事件の衝撃的内容に埋没すること無く、主人公の行動を通して、作者の語りたかった物語が描かれていることに感心する。
 
ソ連時代の社会的背景は多分に誇張されているだろうし、そのまま鵜呑みにはし難い面もあるけれど、しかし、確かにこれに類することが多いにあったのだろうことも否めない。
 
周囲の多くの人が信じていることはその「世間」に於いては、はっきりと意識に上らないところで絶対であったりすることもあるだろう。 基本的に情報が乏しく、何も知らないままに教えられた何もかもを信用し切ってしてしまうこともあるだろう。 

先日、奇しくも家族内でこんな話をした。

信仰が余りに強いが故に進化論を子どもたちに教えない国(地域)がある。 そう云うところでは相変わらず、生き物は神様が七日間でお創りになったと信じられているが… 進化論も教えないなんてそんなのはおかしい、非科学的だ! 馬鹿げている! と断じるのは簡単だけれど、実際には「進化論=科学」だって「天地創造=神」と同じくらいあやふやで、科学が本当に絶対に正しいのかなんて、誰にも解らないんじゃないか? そう云う意味では、わたしたちのように、進化論を絶対視して疑わないこと自体が、宗教を妄信することと同じように科学… っつーか、自分でそれが科学だと思い込んでいる何か …を妄信していることなんだと理解しておかないと…
 
ともあれ、このお話は、色んな意味で熱かった。
エンターテインメントとしても楽しく読ませるし、ここに描かれる主人公の心の成長(?)にも読む者を共感させる強さがある。
 
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【検ワ007】マルドゥック・スクランブル/***+

検証プロジェクト

マルドゥック・スクランブル/冲方丁 ハヤカワ文庫 
「圧縮」/¥660 「燃焼」/¥680 「排気」/¥720

評価/***+

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冲方 丁 (2003/07)
早川書房
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取り敢えずは… 面白かった。

今迄、和製SFの長編はほぼ読んだ事がなく、もともとそれ程SFが好きと云う訳でもないので、楽しめるかどうか不安だったのだが、特に、「燃焼」後半のカジノのシーンなどとても面白く読んだ。

しかし…

このお話は非常にバランスが悪い。

作者はどういうアプローチをしたかったんだろ? お話のテーマとは別に、ウフコック&バロットvsボイルドの戦闘殺戮シーンが主なのか、カジノでの頭脳戦が主なのか… 個人的にはカジノシーンの静かな緊迫感が好みだったので、戦闘シーンは抑えめにして欲しかったな。 勿論、逆でも良いよ。 何だか、読んでいて落ち着かないと云うか… 両方とも頑張りたかったんだろうけれど、頑張り過ぎ。

それから、あまりにも材料(お道具)が多過ぎるかな。

最先端技術のオンパレード… 喋り変身するネズミに空飛ぶ鮫に、追いすがる暗殺者たちの異形。 次から次へと消費されるアイディアの極彩色。

勿体ない。

これって、何となく思うのは、2クールのテレビアニメの様なサービス精神なのかな… ということ。 少しずつインターバルを置きながら、それぞれに見せ場をちりばめるというか… そういう手法。 なので、とても映像的に感じられて、確実に面白いのに、文章(物語)としては、読む人それぞれの好みによって「飽きる部分」「お腹いっぱいに感じる部分」がどうしても出て来てしまうのではないだろうか。
因みに、わたしが飽きてしまったのは、カジノシーンが終わってボイルドとの最後の戦闘シーン。 もっとも感動的であるべきシーンが苦痛に感じる。(わたしだけかもしれないが) 

これは一寸辛い。

---
バロットは、少女チックな「攻殻機動隊の素子」かな。 このサイバーパンクっぽい世界そのものが士郎正宗っぽい? それとも「銃夢」かな、パンツァークンスト? 
知恵もののイルカ、首だけのプロフェッサーもSF界ではよくあるガジェット。
一巻目の巻末に、言い訳の様に「マトリックス」や「スチュアート・リトル(?)」のマネをした訳じゃないよ… というのがあったけれど、まあ、「マトリックス」自体がアレだからっつーのも原因としては考えられる、かな。 そう?

それから、一番納得出来なかったのは…

戦闘スーツとなり、武器となるウフコック。 そこ迄は良いのだが、その内部から無尽蔵に装填される弾丸なんてさー、何処からその質量が出て来るのさ? いくらなんでもそれはないだろう

最後に最も気になった事…

それは「うっそり」。

ボイルドの不気味で空虚な雰囲気を表す形容詞なのだろうけれど、それが頻出! 使い過ぎ! 次は何時出て来るのかとヘんな期待をしてしまった。

それからブラックジャックのシーンでの「果敢に」という副詞的用法も使い過ぎ!

うっそり。

【検ワ005】「マシアス・ギリの失脚」****+

検証プロジェクト

「マシアス・ギリの失脚」/池澤夏樹/新潮文庫 ¥781
 評価 ****+

マシアス・ギリの失脚 マシアス・ギリの失脚
池澤 夏樹 (1996/05)
新潮社
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冒頭部分、舞台となる島の情景と大統領マシアス・ギリの朝を描く導入部分の描写に驚く。 そこに飛び交う鳥の霊的な側面(サイコポンプ?)を描写しているのだけれど… ああ、こういうのが、日本語で考えて書かれた文章なのかな… 的な気がしたのである。 
例えるのならば、百人一首にも入っている「あしひきのやまどりのおのしだりおの…」の歌の様な、遠回しな修飾として連ねる言葉と云うか… 

…と思っていたら、その後は叙情的な雰囲気も薄れて、寧ろ、簡潔な文体で大統領の現在、過去が語られるのである。

正直に云って、半分くらいまで(第四章付近)は、非常に退屈に感じてしまい「挫折」の二文字が… しかし、巫女「エメリアナ」が登場し、その不思議な能力を垣間見せる辺りから、ぐんぐんと惹き付けられ、そのまま読了してしまった。

注意してみると、このお話は、淡々と短い文章が続く「大統領の今と来し方」の部分と、饒舌な亡霊や(エメリアナもか?)との「対話」部分、そして「広場でのうわさ話(語られる伝説)」「バス・レポート」など、様々に調子を変えた文章で書かれているのであった。

最初のうちは、このそれぞれがちぐはぐでお互いにうまく溶け合っていない様に思え、特に、短い文章の羅列で冗長に語られる部分(云うなれば「現実」)と、その中に唐突に登場する奇妙な「バス・レポート」のパート(云うなれば「ファンタジー」)がどうにも浮いていて、読んでいて苦痛すら感じていたのだが、それがどうだろう! 何時の間にか、物語のなかに一緒に紛れ込んでしまったかのような気分にさせられてしまう程にのめり込んでしまった。

現実世界とファンタジー世界が何時の間にか渾然一体となる…
現実世界の描写が、異常に簡潔で「現実的」であるが故に知らず知らずのうちに踏み込んでいる不思議な世界との境界線が無くなってしまうのかも知れない。 
そして… 最初は全体の文章の中で浮いている様に思えた「バスリポート」がその場所にしっくり落ち着いて見えて来るのである。 そして、現実も現実、その最たるもののような「広場のうわさ話」までもが、次第に、実はこの島国が現実と幻想の間にある場所である事を明らかにするものになって行くのである。 

自ら行方不明になるバスの楽しさ!

最後は、落涙。

良かった。

でも最後のケッチとヨールのパートは要らないかも…

【検ワ004】「三月は深き紅の淵を」

検証プロジェクト/ネタバレ御免

三月は深き紅の淵を/恩田陸/講談社文庫 ¥667
評価/***

三月は深き紅の淵を 三月は深き紅の淵を
恩田 陸 (2001/07)
講談社
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やりたかった事は解る気がするし、アイディアはとても面白いと思った。 特に、裏表紙の粗筋を読むと、非常に面白そうな内容に思え、検証というよりも読みたい… という気持ちになった。

しかし…

この作品は折角のアイディアをうまく活かし切れていないのでは? それは、勿論、意識的なものであるのだろう、それだけに惜しい。(何様?)

この四章からなるお話は、この本自体のタイトルと同じ「三月は深き紅の淵を」という「幻の本」を巡る4つのお話を集積して、最終的に全てをひっくるめての「三月は深き紅の淵を」という本を構成するという趣向である。

この設定自体がそそる。

しかし、この四章を読み進むうちに、作中作の「三月は深き紅の淵を」という小説のあり方についての扱い方に対してどうしようもない違和感があり、気になって仕方がなくなってしまう。 つまり、おのおのの章で語られる同じストーリーらしい「三月は深き紅の淵を」が実は「同じ小説ではない」のである。 

作者が違う。
第一章では書かれてさえいない。

思うに…
こう云ったスタイルの小説では「一本の筋を通す事」が必ず必要(重文?)ではないのか? 例えば、「三月は深き紅の淵を」という「幻の本」を作中作として扱うとしたら、それは、その世界の中で確固として確立された「もの」として描くべきであり、どのエピソードの中でも「正体は知れないけれどある作者が確実に書いたほんの少数の人間しか読んだ事のない幻の本でしかも素晴らしい作品」という位置付けを変えてはいけないのではないか?

ところが、この小説の中では、「三月は深き紅の淵を」という小説は「幻の本」であり「誰が書いたか解らない」という背景は一致していても、それぞれの章で扱われる「三月は深き紅の淵を」は、決して同じ本では有り得ないのである。 それはこの場合やはり違うのではないか?

第一章では、その本は老人のお遊びの世界の虚構であり「まだ書かれていない」しこれから「書かれる事もない」かも知れない。
第二章では、その本はある作家の生き別れのふたりの娘が密かに書いたものを作家自身が加筆校正し、世に出したが、後に回収された。 これは第一章の老人たちの虚構と一致するお話。
第三章では、その本をこれから書くであろう女性の関わった悲劇のお話が語られる。 作者は第二章の人物とは別の女性。
第四章では、作中作「三月は深き紅の淵を」の第四章と重ね合わされる「作家」の独白と、入れ子構造になっているこの章の中での「三月は深き紅の淵を」のストーリーが展開され、最後に、「作家」が書き始めるのは、第一章及び第二章で「三月は深き紅の淵を」の第一章であるとして語られる「黒と茶の幻想/風の話」の冒頭らしい文章。

この本をまとめあげる軸である筈の作中作「三月は深き紅の淵を」の実態は一体どこにあるのか?
狙っての事なのかも知れないが、何故そんな風に様々な「三月は深き紅の淵を」を登場させる必要があるのか? その整合性は何処にあるのか? 

軸がぶれている。

そして、これらの章の間をつなぐものとして描かれるのが「柘榴の実」と「ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)」なのだが…

全く効果を上げていない。

何故、作品世界の中で実体を持って象徴として存在している作中作「三月は深き紅の淵を」の連続性を断ち切っておきながら、唐突で意味のない連続性である「ラフカディオ・ハーン」を登場させる必要があるのか? 

上記のような理由で、この小説を高く評価する事は出来ない。

今まで読んだ同じような趣向の作品で、軸となる部分がしっかりとあって、そのヴァリエーションを自在に行っていた。 「軸」はつまりは「小説の世界観の縛り」だと思う。 そこをしっかりと固めて、その縛りの中で何処まで、どう云った手段で膨らませるかというのがこう云った手法をとる時に必要なことなんじゃないか。 軸となるもの自体を変化させてしまっては手法自体が成り立たないんじゃないか?

個人的に、この様な趣旨の本として、最もすごいのは… やはり、ジーン・ウルフ「ケルベロス 第五の首」だろうか? 圧倒的な差でこの作品は「ケルベロス」には及ばない。 それから、和物(?)では、並ぶべくもないかもしれないが、三島の「豊穣の海」四部作であろう。 あれの軸がずれていたらどう思う? 

また、作中での作中作と現実とが混沌となって読者を幻惑する感覚では、カルロス・ソモサ「イデアの洞窟」に及ばない。


内容としては、第一章はなかなか面白く読んだ。
この作品の中で最も面白い内容を持つのは第一章だと感じた。 ところが、皮肉な事にこの作品の為に作品全体のぶれがより大きくなってしまっており、特に、このエピソードの結末はこの本全体としてのまとまり感を著しく阻害しているのではないか?
第二章もなかなか良い。
第一章がもう少し違う形だったら、このお話と相俟って効果を上げたかも知れない。 
第三章は… これは、異質に過ぎる。
恐らくは、この章の中で活躍する女子大生が、将来書く筈の小説が、作中作「三月は深き紅の淵を」なのだろうが… その内容(内容にぶれはない?)とこの参照で描かれる事件が一体どのような関連性、そして、それを書かなければならない程の必然性を持つのか? 不明。 
第四章は、本作の作者「恩田陸」自身の、一種のポートレイトなのだろうし、ラフカディオ・ハーンがこの作品中に頻々と登場する理由が判明するのだが、いかにも弱い。 そして、この章の中に描かれる、多分、恩田陸が過去に書こうと考えていたのはこれなんだな… と思われる作中作の中の作中作「三月は深き紅の淵を」(はっきりとは書かれていないけれど、この題名に本当に相応しいのはこの第四章で描かれるこのストーリーだよね?)が少女漫画風味の甘いテイストのお話なのが… これは要らないんじゃないか? 

恩田陸の過去への憧憬なのかな…

そう云う意味では、この小説自体がもしかしたら、恩田陸の私小説として位置づけて考えた方がいいのかもしれないな…

という事で、全体としてのこのお話は評価星2つ。 
プラス要素としては、部分部分のお話の短篇としての面白さ。

---
ところで、この作品中のオマージュ(?)。
冒頭付近で触れられている「床の模様の上を歩く少年」の短篇はロアルド・ダールじゃなく、キングの作じゃなかったか?

それから、作中作「三月は深き紅の淵を」の第一章「黒と茶の幻想」は、恩田陸も大好きな「黒後家蜘蛛の会」を意識しているのかな?

---
そして、この厚さにしては… 安いね。 667円。
もちかちてやっぱり和物は一寸安いの?

【検ワ003】「重力ピエロ」

検証プロジェクト/ネタバレ御免

重力ピエロ/伊坂幸太郎/新潮文庫 629円
評価 /**

重力ピエロ 重力ピエロ
伊坂 幸太郎 (2006/06)
新潮社
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う?ん、これって何が云いたい為の本?

と云うのが最初に感じた感想。
面白くない事はなく、普通に読み切れたけれど、これで読者に何を求めているのか?

家族愛への共感? 何処に書かれている?
もしかして、パズルストーリー… だったりして? 違うか。


人間関係が希薄。

ぶっちゃけてしまうと、つまり、レイプによって生まれた子が、落書きを消すが如くにレイプ犯である「父親」を「消す」話だ。
そして、消したらお終い。 

物事が簡単。

悔恨もなく後悔もない?

それはカタルシスではない。


そして、余計な色づけがされているのにも大きな疑問を感じる。

遺伝子のお話はレイプ犯の子である「春」の遺伝的素質の問題を暗に語る為に挿入されているんだろうが、それをあのようなミステリ仕立てにする必要性が全くないのが誤解を招くかも知れないが本当の意味で「可笑しい」。 

まさに落書き的な惑わしだ。

そして、お話の落としどころもヘンだろうが。

それで…? これは本当に「愛」なのか?


---
ジョン・アーチボルト・ドートマンダーは最も有名な泥棒。

あれ? 「陽気なギャングが地球を回す」の後書きによると、伊坂氏はこのお話は知っているけれど読んだ事はなく、聞いた話から「陽気な?」のプロットを固めたという挿話があったんだけれど… 一番有名な泥棒だというのなら、一寸知っていただけじゃないんだね? 

因みに、海外の怖い小説、同じ内容を書き連ねる狂気の場面についての言及。 これは、スティーヴン・キングの「シャイニング」におけるジャックの行動である。 怖いよね。

しかし、「春」の狂気のノートに対する説明は可笑しかった。
だって、テロメアが短くならないから癌細胞はアポトーシスを起こさないのであって、テロメアを長く長くしたいと祈ったらばそれは逆効果なんじゃないのかね?

だから、これも全く要らないエピソードだったのでは?

【検コ001】「荒ぶる血」

検証プロジェクト/ネタバレ御免

荒ぶる血/J・C・ブレイク
評価/***

このミス(テリーがすごい!)で選ばれた本は本当に凄いのか? を検証する試み。 今回は、2007年版「このミス(テリーがすごい!)」の海外部門で堂々の同点2位ジェイムズ・カルロス・ブレイクの「荒ぶる血」。

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「荒ぶる血」 ジェイムズ・カルロス・ブレイク 
文春文庫/¥762

事前リサーチによると、このお話は「バイオレンス風味」で「ノアール」な「ウエスタン活劇小説」らしい。 通常ならば、勿論、選択の範囲外なのであるが… しかしだからこそ、これを読んでこその「検証」。 
また、何故、「このミス(テリーがすごい!)」に注目して検証を行うのか… それは、「このミス(テリーがすごい!)」関連の書籍が生本屋の平台に所狭しと並ぶ光景が年末のこの時期の恒例となっており、それ程に「本を選ぶ指標」として生本屋側にとっても読者側にとっても重要な物差しならば、これを読んでみて本当に「すごい!」のかどうかを検証するのは意味のある事だと思うからなのである。

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う?ん、ノワール…

そもそも、ノワールという意味がどんな意味なのかが自分の中ではっきり定義付けられている訳ではないのだが、まあ、平たく云うと「犯罪小説」って感じ? 今まで読んだノワールと云えば、エルロイとか、ジム・トンプスン? これは、アメリカの暗部(?)を描いている作品であり、都会的なイメージだったのだが、今回の「荒ぶる血」は、スペイン風味なのである。

個人的には、普通に面白かった… かな。

特に、主人公のルーツを語る冒頭部分が良かった。 
母親のエピソードがいい味を出している。 

構成的にも、迫り来る追っ手のパートと、主人公の荒々しい日常(?)とのバランスが良く、飽きさせないで先を読ませる力を感じた。 お話の内容としてはそれなりかな。 普通。

しかし、主人公の魅力は今一歩。 そのパートナーの女性の魅力は今三歩。 しかし、周辺の人物はなかなか魅力的に描かれていたのではないかと思う。 女房に逃げられた隻眼の老人とか、前述の主人公の母親なんかは、余り登場はしないのだが印象に残った。

好みとは違うけれど、取り敢えず面白く読めて良かった。


ところでこれ… ミステリ?
やはり、ミステリをランク付けする企画なんだから、もう一寸ミステリらしいものを選んだ方が良いんじゃない? 「このミス(テリーがすごい!)」の冊子自体を購入して読みさえすれば、このお話が純粋にはミステリとは云えないな… と云う事は判断がつくと思うのだけれど、単に、生本屋でもって平積みの本の中から「このミス(てりーがすごい!)」の二位?! 面白いのかな…? と思って手に取る読者には失礼なんじゃないだろうか。

ねえ?(笑)

【検ワ002】「月の裏側」

検証プロジェクト/ネタバレ御免

恩田陸「月の裏側」
評価/****

水の街、箭納倉…

その街で、神隠しにも似た異様な失踪事件が続けざまに起こる。 嘗てその街に暮らした大学教授三隅協一郎は、教え子であり友人でもある塚崎多聞を呼び寄せ、新聞記者の高安、娘の藍子とともにその謎を追う。 そして、頻発する奇怪な出来事… 更に事態は急転する。

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先ず、感想… なかなかに面白かった。

基本的には、SFの題材として良く見かける「統一された意識の干渉」的なアイディアのアレンジであり、特に新鮮みはなかった。 一部で云われているジャック・フィニィ「盗まれた街」との関連は殆どないと云っていいだろう。 寧ろ、この本を読んで私の頭に最初に浮かんだのは「惑星ソラリス」とか「ファウンデーション・シリーズ」の帰結点とか、オースン・スコット・カードの「無伴奏ソナタ」のなかに収録されていたある短篇(題名を失念)などの、同じテーマの作品群であった。 海外SFを読んでいると良くお目に掛かる類いの「何らかの大きな意志(統一意識をもつ異星人、異世界、神的なものなど)に取り込まれてしまう人間」というテーマ… 

そして、お話の構成とかディテールとして、これはもしかして影響を受けているのかな… と思ったのは、押井守監督作品「ビューティフル・ドリーマー」である。 
作中、ある人物の口から語られる「邯鄲の夢」から想起された独白(「今ここに居る自分が経験している事は、本当に自分が経験しているのだろうか?」)。 そして、途中、記述形式が唐突に変化し、ある人物の日記的記述として進行する点。 その他、もろもろ。

更に、最終的な落とし所は、藤子不二雄氏のある漫画(ぐうぐうさん情報の「流血鬼」?)を彷彿とさせるのである。 

この様に、様々なアイディアの集合によって成り立っている様に思えるこの小説なのであるが… 不思議な事に、これを読んでいると、ノスタルジックな気分に陥ってしまうのである。 

懐かしく、楽しいのである…

かつて親しんだ書物や映画を懐かしく思い起こさせる記述。 正直なところ、当初、イロメガネで斜から構えるように見ていた態度が読む程に和らぐ。  何故かと云えば、律儀に出典を明記するなど作品の「オマージュ」な足場?をあっけらかんと証すスタンスが微笑ましいと云おうか… 寧ろ、蘊蓄を語って「分かる人には分かるのよ」的に悦に入る無邪気でマニアックなヨロコビを感じているんじゃなかろうかと思えるのである。

ズバリ言ってしまうと「パクリ」と「オマージュ」の違いを見たのであろう。

間違いなくホンヤクモンスキだと思われる恩田氏の、彼女自身が楽しんで読んだり観たりした作品群への憧憬がそこここから見え隠れしている様に思える。 そして、恐らくは私自身が楽しく読んだり観たりしたものと作者のそれとの「共通の思い出」がシンクロして醸し出されるものなのかも知れない。

---
小説としては…

舞台となる箭納倉の情景描写が一寸くどく過ぎるのでは? 感じたが、まあ、濡れそぼった重い雰囲気を演出する為には仕様が無いのかな… とも思う。
それから、気になったのは、本筋と関係のない「蘊蓄」の多さ。 例えば「本の題名しりとり」とか、これでもかとばかりに出て来る海外の本のタイトルやその内容に言及した部分(レイチェル・カーソンの「沈黙の春」とか、リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」への言及とか)。 読んでいて、ニヤリとさせられる部分なのだが… あまりにも目立ち過ぎるとお話の流れが止まっちゃう。
更に、本文の中に頻出する登場人物たちの「非日常的突発的事件の中で何故かのんびり日常生活っぽくしてしまう事に対する言い訳」。 これは折角の非日常的気分をぶち壊しにしている様に感じられて実に勿体なかった。
そして、彼らが藤子不二雄の漫画の主人公の少年と同じ決断をした、その後の部分が非常にもたついている事。 要らないでしょ、あの部分。 出来ればもっとすっきりと終わって欲しかった。

最後に小姑的ではあるが、これだけは許せない文法上の間違い。

72頁目の失踪していた老婦人へのインタビュー部分の中にあった「全然、蒸し暑くて」の記述。 若いもんの話し言葉ならまだしも、老婦人なら決してこういう喋り方はしない筈だ。 それだけで減点対象になる間違いである。

---
気付いたオマージュ。(笑)

キース・ロバーツ「パヴァーヌ」への言及。(タイトルなし)
デヴィッド・リンチ「ブルーベルベット」のマネ。(耳)
ロアノーク島に於ける謎の失踪事件の報告に酷似した状況描写。
ジャック・フィニィ「盗まれた街」。(タイトルあり)
リドリー・スコット「エイリアン」でのギーガーのデザインに対する言及。
「邯鄲の夢」への言及。
日本人の脳の「虫の音」への反応についての言及。
「人食いアメーバの恐怖」への言及。(タイトルなし)
「遊星からの物体X」的状況。(盗まれているのは誰か的疑心暗鬼)
「ビューティフルドリーマー」に登場する「邯鄲の夢」の取り扱いに似た記述。
スタニスラフ・レム「惑星ソラリス」的な状況。
アシモフ「ファウンデーション・シリーズ」的な状況。
藤子不二雄の漫画。
オラフ・ステープルトン「オッドジョン」的世界への言及。
レイチェル・カーソン「沈黙の春」。(タイトルあり)
リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」への言及。
「カプリコン1」への言及。
スティーヴン・キング「トミーノッカーズ」と似た状況下に置かれる街。
「ブレアウィッチ・プロジェクト」?
「ビューティフルドリーマー」的場面転換。(メガネの独白部分に酷似)
「ゾンビ」。(タイトルあり)
「ツインピークス」。(タイトルあり)
影が離れてしまう話。 何かの民話?
「ビューティフルドリーマー」(登場人物が忽然と失踪)。
ジェイコブズ、永遠の古典「猿の手」(ドアの外には…)。
藤子不二雄の漫画の結末。


ふう… 登場順。

【検ワ001】「陽気なギャングが地球を回す」

検証プロジェクト/ネタバレ御免

陽気なギャングが地球を回す/伊坂幸太郎
評価/*

今日、初めて、伊坂幸太郎を読む。
ついこの間まで名前も知らなかった作家… しかし、彼を知らない事は和物好きな方にとっては信じられない事らしい。

が、しかし、本気で「誰? それ?」なのだから仕方がない。

そして、つい最近のこと。

どうも、彼がウェストレイク好き(しかも、「ドードマンダー・シリーズ」)らしいとの情報を発見したハスヨス氏とともに、検証を試みてみる事にしたのである。

ウェストレイクと較べて実際にはどうなのか? 
読まずして批判するのは簡単… 気になる気になる。

従って読んでみる。 これはまさに「意を決した」一大プロジェクト(?)なのである。

選んだのは、何となく「ドードマンダーシリーズ」っぽい内容なんじゃ? と判断した「陽気なギャングが地球を回す」。

---
ごめん。
薄い。

過激かもしれないが、これ以上読み進む価値があるのか…? とすら思ってしまった事を正直に告白しておく。

伏線が伏線として機能していない。
最初から最後まで見え見え。 

先ず、あの人はのっけから怪し過ぎる。
この人が怪し過ぎるのは何故かというその理由も、ほんの十数ページ読んだだけで推察する事が可能な上に、実際に「思った通り」なので余計にがっかりする。 あまりにも怪し過ぎるから、これは、裏の裏をかいているのでは? と勘ぐってしまったが、やはりそんな事はなかった… 

冒頭のエピソード。
ある訓練についての会話。
使えないアレ…
携帯電話…
特殊加工のソレ…

あんな短いお話の中でこれだけの「お道具」は多過ぎるし、全部が全部、伏線?なのには思わず笑った。

来るぞ来るぞと思っていると本当に来るのである意味では面白かったが…


そして、説明のし過ぎ。
登場人物の饒舌さが恐ろしい程にくどい。 
ここまで説明しないと解らないような内容ではないだろうに…

得々と説明する某人物の冗長な会話文を読みながら、思ってしまった。

このミスディレクションにミスディレクトされる人が本当にいるのだろうか?!(いないと思う…)
物事が、最後の最後で収束する快感って、こんなものじゃない。

エルモア・レナードの「ラムパンチ」を読んでみると良い。


更に、設定の甘さ。

リアリティのないのは別としても(フィクションだし…)、フィクションの中にあってもある一定の「それらしさ」を保つことが重要だと思う(楽しめる作品は世界観がしっかりしている…)んだけれど… 多分、ケンリック(ケンリックが好きな訳ではないけれど)がこれを書いていたら、物語の終わりまでにこの登場人物のうちの2人くらいは簡単に死んでいそうである。

勿論、これだけのお話を「それじゃ書いてみろ」と云われても書けないけれど… でも、個人的には、本読みとしてこれを肯定する事は難しいぞ… と感じてしまった。


次は… 今までに「六番目の小夜子」しか読んだ事のない恩田陸氏の作品を読んでみるつもり。

検証プロジェクトとは?

検証プロジェクトとは…

自分が読んだ事のないジャンルの本がある。
読む事を避けている場合もあるし、理由もなく読んだ事がない食わず嫌いである場合もある。

例えば私自身は…

先ず、根っからのホンヤクモンスキであり、池波先生の時代小説以外は、殆ど真剣な気持ちで和物を読んだ事すらないのであるが、それなのに、「和物は嘘くさいから嫌い」とか「和物はどうも薄っぺらで」とか、きちんと読んだ事もないのにそんな風に批判してしまっている。

それって、良いの?

やっぱり、きちんと目で見て触れて読んでみて、自らの脳味噌で考えて、批判するならする、もし面白ければ素直に認める… という態度が正しいのではないか?

そう考えた私は「検証プロジェクト」を始める事を決意したのである。

このプロジェクトは賛同者(只今の所6名)とともに、本好きの為のSNS「本を読む人々。」内のコミュニティとして活動中である。

面白い… と思うので、興味がある向きは是非覗いてみて頂きたい。

SNS「本を読む人々。」
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