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三つのキセツ/三題噺 秋・帰宅時間・1・5と8

「もう、アキなんだな…」

私は家路を急ぐ足をふととめて、青く高い空を見遣った。 帰宅時間の設定は、今のキセツだと丁度1・5、マナツの8に比べると随分と早い。 ヒザシの時間設定も3までだから、当然と云えば、当然だ。 おや、もう、2・3になっている… 急いでキタクしなければ。 私は足を速めた。

しかし、以前から不思議に思っていたのだが、ハルとかナツとかアキとは、そう… キセツとは一体なんなのだろう? それに、昔むかしのお伽話に出て来るもう一つのキセツ「フユ」というものがこの世界からなくなったのは一体何故なのだろう。 ヒザシの時間が長くなったり短くなったり、空の高さや色が変わったりすることが、殊更に言い立てる程の事なのだろうか? しかし、昔のショモツを読む度に、私の心に湧き立って来るこの気持ちは一体なんなのだろう。 ハルの暖かさとは? ナツの眩しいヒザシとは? アキのユウヤケの茜色とは?

そう云えば、私は嘗て… ハテノカベまで行ってみた事が有る。 ハテノカベに近付く事はオトナ達が随分と嫌っていたけれど、私は無鉄砲なコドモだったから…。 私は、ハテノカベが本当にそこにあるとは信じられなかったのだ。 何故ならば、この世界は丸い筈だろう? ショモツにはそう書いてある。 だから、私はハテノカベに触れた時、何とも言えない気分を味わった。 私は時折思い出す。 あのハテノカベの何の凹凸もない感触、そして、触れた指先の何と冷たかった事か。

私は、あれ以来ハテノカベに近付いた事はない。

カンピョウキとは何だろう。 そして、ヒョウガキとは? ハテノカベに灯を近付けた時に見えた、あの白い世界は何だったんだろう。 
ああ… そろそろ、3だ。 真っ暗な闇が訪れる前に、キタクしなければ。 一般市民がヨナカに出歩いているのを見付かったら大変な事になるらしいから。 

「そろそろヨルか…」 もう、ヒザシが終わりヨルが始まる時間だ。

私は、ジタクのドアに手をかける。 そして、思いを馳せるのだ。 ヨルの空に光るという、ホシやツキと云うものに。 

そして、一際美しいと云うアキの空のユウヤケと云うものに。
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日記の秘密(三題噺/耳掻き・懐中時計・文庫本)

このお話は「西日のあたる部屋」の後日談です。
先に「西日のあたる部屋」をどうぞ。

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「少なくとも… あの金魚鉢は使うべきじゃなかった。」
日記の記述はそこで終っていた。

---
「それで…」 スズキは促した。
「この日記を書いた男は、一体何処へ消えたんだ。」
「全く解らない…。捜索願の出た翌日にはこの日記が都内のホテルで発見されたんだが、男本人は、影も形もなしさ。」
サトウがつづける。
「問題なのは、その金魚鉢なんだよ… 男の泊まったホテルの部屋に残されていてね。 当然… 金魚は入っていなかったんだが…」
「で?」
「ああ… 実は、金魚鉢の中には、な…」
「うん?」
「… あれだ、あれが」
「あれ?」 スズキは、じれたように右腕を振りながらサトウをねめつけた。 「おい、はっきりしろって」
「耳掻きに、文庫本一冊、それに懐中時計が…」
「ふ?ん なんだ。 成る程ね」
「成る程ねって… お前?」 サトウは、スズキの意外な反応に一寸驚きながら詰め寄った。 「お前、納得できるのか? 捜査上の重大問題なんだぞ」
「勿論だよ、簡単なことじゃないか… ああ、その前に一つ確かめさせてくれ。」
「何を?」
「その懐中時計だが… 壊れていたんじゃないのか? ん?」
「う… 確かに。 お前、如何して解ったんだ…」
「だから簡単な事だって」 スズキが嘯いた。 「お前、良く考えてみろよ。 耳掻き、文庫本といえば、言わば暇人のトレードマークだろ? 休日にも何処にも出掛けず… 口をだらしなく開いて耳掻きに没頭したり、日がな一日、文庫本を読み耽ったり… 一体何が面白いのか解らんがね」
「う… ま、一理ある… ような気もするが? でも、懐中時計は? 時計はそう云う人種には癪の種なんじゃないのか?」
スズキは、にやりと笑いながら言った。 「だから言ったろ? 壊れてるんじゃないかって。 壊れて時を刻まない時計…。 読書には最適の小道具だろ?」
「そうかぁ! これで捜査も進展するかもな! で?」
「何が?」
「だから… その三種の神器が、この失踪事件に如何絡むんだ? 金魚鉢との関連は?」
「へ? そんなことは、俺の知ったこっちゃ無いよ」
「……」

スズキは、ふくれっつらのサトウを尻目に悠然とその場を離れていった。

西日のあたる部屋(三題噺/金魚・銀行・ゴミ箱)

だって、西日のあたる一人の部屋に、飽きちゃったんだ。
それで、金魚を一匹買ってきた。
青い縁取りの有る、綺麗な金魚鉢に真っ赤な金魚。

殺風景な部屋に、金魚鉢があるだけで、いや、金魚がいるだけで何となく楽しい気がした。
窓辺の一番良いところに置いた。
丁度、西日が差し込み始めて、金魚鉢の中の水がきらきらと輝いた。

そうこうするうちに、腹が減ってきた。
それに、金魚と金魚鉢を買ったせいで、金もないし、銀行に行ってから飯でも喰おうと思って家を出た。
出がけに、財布の中のレシートを丸めると、紙くずで一杯のごみ箱に向かって投げた。

当然… 外れたんだけど。
ゴミ箱のまわりには、そんなゴミがたくさん転がっていた。

部屋を出る前に、何となく振り返ってみたんだけど、確かにちょっと… 汚れていたかもしれない。

---
結局、金魚に名前をつけることは無かった。

そして、今これを書いている。

やっぱり、西日の当たる部屋になんて住むもんじゃない。
いや…金魚と一緒に住もうなんて思わなければ良かったのかもしれない。

少なくとも… 

あの金魚鉢は使うべきじゃなかった。

特別な場所/三題噺(金魚・銀行・ゴミ箱)

「あっ……」

対向車線からの強いヘッドライトの明かりに照らされて、彼はハンドルを切った。 
激しい雨の中、しかし、車はスリップすることも無く、確実に路面を捉えている。
「…ふう、間一髪だったぜ…。 しっかしよぉ… こんな日に何でまた、しかもこの俺が行かなきゃなんねぇんだぁ… 店が危ねえのは俺の所為じゃねぇぞ… 銀行がなんだってんだ… 雨は降ってやがるし… 霧まで出てきやがった…」

彼はぶつぶつとひとりごつと、目を瞬いた。

もうこんな調子で何時間運転していることだろう。 
深夜のワインディングロード、そして、最悪のコンディション。
彼自身も、休日の予定を返上しての有り難くない突然の遠出なのだ。
つまり、最悪のシチュエイション… という訳だ。

「ああ、最悪最悪… ふぁぁっ… 何処か、で…」

休憩を取るべきだ… 彼はそう感じた。

先程から感じる経験したことの無いような睡魔、何処までも続くように思われる霧のワインディングロード。
もう限界だ… そう思い始めたとき、彼の目の端に微かな灯りが映った。 
「あれは…?」 出来れば、休める所なら良いんだが… 彼は、灯りを目指してアクセルを余計に踏み込んだ。


そこは、居心地の良さそうな、古びたダイナーだった。

こんな辺鄙なところには似つかわしくない… まるで、其処だけがどこか別の場所にあるかのように魅力的に見える。
「誰か… 居ないのかい?」
彼は、扉を押し開けると、あたりを見まわした。 趣味の良い内装だ。 落ち着いた深い緑色のカーテンに、無垢の床材。 カウンターには、磨き上げられたグラスがスポットの光を受けて輝いている。 そして、金魚鉢に金魚が一匹…。
店内には誰も居ない。 カウンターの向こうにも。
彼はカウンターに背を向けて、窓の外に目をやった。

「いらっしゃいませ」

はっとして振り向くと、カウンターの奥に、初老の男が立っていた。
「驚かせないでくれよ…」
男は驚いて開きかけた口を無理に微笑みに変えると、カウンターに歩み寄った。
「こんな日に…お仕事ですか…」
初老の男は、柔らかい口調で、そう尋ねた。
「そう、そうなんだ… もう疲れちまってね。 山向こうの街まで行かなきゃならないんだ… 金策で、さ。 おっかない銀行の連中が、ハイエナみたい俺んとこの店を狙ってやがるのさ。 それで、俺が使いっぱしりって訳…」 

「そうですか… それは、またご難儀な」
男は相も変らぬ微笑を顔に貼り付けたまま彼の話を黙って聞いている。 
カウンターの上の金魚鉢には、金魚が一匹。
「で…? 」 男が意味ありげに眉を上げる。 

「何を、差し上げましょう?」


どれぐらい時間がたったことだろう。 ふと、彼が気付くと、男は彼の隣に座って相変わらず微笑んでいる。 いや、それは微笑ではなく、にんまりとした、本当に嬉しそうな…笑い顔に変わっていた。
「それでは、そろそろ…」
「え? もうお終いかい?」
「そうですね…。 少なくとも私にとっては"お終い"です」
「それは一体…どういう…?」

男は外を指差しながら言った。
「御覧なさい、あれを。 あれは… 貴方の車でしょう?」

何時の間に上がったのか、雨はもう止んでいた。そして朝の日の光を浴びて、霧は徐々に薄くなり、いきなり視界が開けた。

確かに其処には、彼の車があった。
しかし、何かが違う。
斜めに傾ぎ、ホイールは外れ、窓は割れている。

そして、地面を濡らしているのは雨水ではなかった。


「私はもう行かなくては…」

男は、腰につけたエプロンをはずすと、彼にそれを渡した。
「私は、ここで何年も待ちました。貴方の後任者が早く来る事を祈っていますよ… それでは、ごきげんよう」
男は、カウンターの金魚鉢を手に取ると、音も無く立ち去ろうとした。 しかし、もう一度振り返ると、こう言った。

「この金魚は私と一緒にここに来たんです… だから、一緒に連れてゆきます。」


彼は、手渡されたエプロンを握り締めながら考えていた。
彼は、無粋なエプロンに目をやると、それをごみ箱に放りこんだ。 

「そうさ…俺は、こんな趣味の良い店をやるのが夢だったんだ」

ふと見ると、椅子の上に、何時の間にか彼の為の真新しいエプロンが置かれていた。

カウンターの奥は既に彼の場所であった。

ロボットのれきし/小学校3年生向け教材より・その2

ロボットのれきし・小学校三年生用」

≪わたしたちの生活とロボット≫

…… そしてみなさんの身のまわりにも、たくさんのロボットが働いていますね。 
ロボットがわたしたちのために働いてくれるようになる前は、わたしたち人間が、多くのきけんな仕事をしなければならなかったのですよ。 そして、ロボットがわたしたちのかわりにきけんな仕事をやってくれるようになったので、わたしたちの生活はとてもかいてきなものになったのです。 たとえば、悪いことをした人をつかまえるおまわりさんのすべてが、ロボットになりました。 ロボットは人間よりもとても強かったので、悪いことをしようとする人がどんどん少なくなっていったのです。 そして、しょうぼうしや……

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教科書にはそう書いてありますが、実際に起こっていたのはこんな事だったのです。


* 実際のお話・第二話/ロボット警察 *

俺の計算に間違いは無い… 筈、だった。

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半年前にある法律が施行された。「司法・警察・検察組織の刷新と一般警邏行為への人的介在の廃止に関する法律」、所謂「ロボット警察法」だ。この法律により、この国の警察官は全て人間からロボットに置き換えられたのだ。   
俺は、我が目を疑った。 司法、検察、警察の全てが… ロボットに取って代わる? 本当なのか…? これは俺にとって千載一遇のチャンスなのではないのか? このチャンスに賭けないのは、馬鹿か頓馬か… そうでなければ臆病者だ。 俺は、そう確信した。

「ロボット工学の三原則」を知っているだろうか。 言うまでも無くそれは、ロボットが人間の下僕足り得る必要十分条件である。

第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。 
    また、それを見過ごす事により人間に危害を加えさせてはならない。
第二条、ロボットは人間の命令に従わねばならない。
    第一条に反する場合は、この限りではない。
第三条、ロボットは自らの身を守らねばならない。
    第一条、第二条に反する場合はこの限りではない。

ロボットが警察官に? 笑わせやがる。 この「三原則」の前ではロボットのオマワリなんぞ、人間である犯罪者にとっては骨抜きも同然なんじゃないのか? いかなる凶悪犯であっても、人間である事に代わりは無いからな…。 そして、司法の場も、それをロボッ
トが司ることになれば… 人を傷付ける様な判決は絶対に下らない筈だ… そうじゃないか?

だから、俺は、それに賭けた。

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俺は、俺を捨てて出て行った女房(いや、元女房と書くべきだった)とその愛人、その男の子供二人を、白昼堂々と、拳銃で撃ち殺した。
駆け付けたオマワリ、勿論ロボットだ… は、俺をそれはそれは"丁重"に連行した。 何故ならば俺が「人間」だから。 やはり俺の思った通りなんだ。 俺は、更に確信を深めた。ぶち込まれたのも、留置場とは名ばかりの「快適な宿泊施設」とでも呼んだ方が相応しい場所だ。 看守が、朝食を携えて現れる。

「しつれいしますきょうのちょうしょくをおもちいたしましたおきらいなものがございましたらすぐにとりかえます/くうちょうのぐあいはいかがでしょうか/たいちょうはいかがでしょうか/なにかふつごうがございましたらわたくしかんしゅNO4までいんたーほんでおさしずくださいませ」

人間に忠実なロボットの看守が、俺に何くれと無く気を使う。 そんな調子で何週間かの日々が坦々と過ぎた。

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「おはようございますほんじつは"さいていび"ですみじたくをととのえたうえでわたしのあとにつづいてください」

その日、ロボット看守が現れてそう言った。"さいていび"とは一体… 何なのか? 俺はその言葉を頭の中で繰り返しながら、看守の後に続いた。 着いたのは、窓の無い小さな部屋だった。 壁は、防音でもしてあるのか、灰色で弾力のある柔らかい素材で一面に張り巡らせてある。 置いてある物はと言えば、白木の書物机と背もたれの真っ直ぐな椅子。 そして、机の上の蛍光灯の電気スタンドと何の飾りも無いモニターだけだ。

「それではわたくしのやくめはここでおわりですのでさがらせていただきます」

ロボットの看守は、俺にそう言うと部屋から出て行き、入れ替わりに書類の束を抱えた違う種類のロボットが現れた。 そいつが俺に話しかけた。

「いすにおすわりください」

俺は、言われた通り、その真っ直ぐで硬い椅子に腰を下ろした。 

「これからあなたのさいていをはじめます」

さいてい…? 俺の怪訝そうな表情に気付いたのか、新しいロボットはモニターに何かの端末機を繋げながら言った。

「さいていですわたしたちはあなたのゆくすえをきめなければならないのですあなたはよにんのひとのせいめいをうばったのですからそれなりのつぐないをしなければならないのです」

俺の目の前で、モニターに電源が入り、モニターがブルーに変わった。 そして、最初の画面が表示された。

…『裁定プログラム(複数殺人用)』

『裁定』つまり、これが裁判なのか…? 俺は、自分が俄かに緊張するのを感じた。 この狭い、防音室で、誰の管理も無いまま、この得体の知れないロボットが、俺を? 俺を「裁く」と言うのか?

「このたんまつきのあかいけっていぼたんをおしてください」

ロボットはそう言うと、俺に端末を差し出した。 小さな長方形のそれは部屋と同じ色調の灰色で、赤いボタンと一から五までの数字が書かれたボタンがついていた。 俺はそれを受け取り、ボタンを押した。

…『テスト/1/205・A』 画面が開いた。

「ではてすとをはじめてくださいおもったままのせんたくしを5びょういないでかんがえずにえらんでくださいわたしはあなたのしけんかんですかいとうまでのじかんをかんりします」

俺は、赤いボタンを再び押しテストを始めた。

…「一匹ノ犬ト若イ人間ノ男ガイマス。彼ラハコレカラ何ヲスルデショウ。/1)男ガ投ゲタぼーるヲ犬ガ取リニイク/2)男ガ犬ニ餌ヲ与エル/3)男ガ……

これは、心理テストだ。 俺はふと、身体中の筋肉が不自然に収縮しているのを感じ、緊張を解いた。 心理テストなんぞ… 一体如何する積もりなんだ? ロボットの試験官は、俺の回答が滞ると遠慮がちに背中をつつき、回答を促す。 

…『テスト/2/205・A』
…『テスト/3/205・A』
…『テスト/3/205・B』
……

俺は、機械的に目の前のモニターから次々に出題される問題に答えを与えてゆく。 しかし、何時まで続くのか、これは。 俺の意識は次第に遠のいていった。 すると、ロボット試験官が俺の背中に何かの注射をした。

「いしきれべるがさがってきましたのでそういうばあいにもちいることになっているくすりをちゅうしゃいたしました」

ロボットがそう言った。 意識が自分の中に沈み込んでゆく感覚に襲われ、おれは光るモニター以外の物には何の注意も払えなくなった。

……
…『テスト/127/205・A』
……
…『テスト/250/105・C』
……

---
どのぐらいの時間が経ったのか? 俺は、無意識に近い状態で、膨大な量の『テスト』に回答しつづけた。

気付くと画面はブルーに戻っており、そこに文字が浮かび上がっていた。 

…『裁定プログラム(複数殺人用)』
      只今、計算中 

俺は、未だはっきりしない意識の下、その画面をぼんやりと見詰め続けた。

---
…『裁定プログラム(複数殺人用)』
      只今、計算中 

俺は、未だはっきりしない意識の下、その画面をぼんやりと見詰め続けた。

…『計算終了』

…『ランクT』

ランクT? ランクT…?

この評価が俺の行く末を決めるのか? 本当に? 俺は一体どうなるのか? 俺は、ロボット試験官に向かって、問いかけようとした。しかし、ロボットは俺の顔には見向きもせず、いきなり俺の肩を掴むと、椅子から俺を持ち上げ引き離した。

「何するんだよ! 痛いじゃないか!」

俺は叫んだ。 しかし、ロボットは俺を、その強い腕力で拘束したまま部屋の中央へと運んだ。 俺は、叫びつづけた。 何かが変だった。 このロボットは、俺の言う事に全く反応しない… 詰まり、俺の命令を完璧に無視し続けている? これは「ロボット工学の三原則」からすれば、あり得ない事だ、そうじゃないのか? 誰かそうだと言ってくれ!

抵抗も侭ならないまま、俺は、ロボットの手で、部屋の中央に引き据えられていた。 そして、僅かな機械音と共に、天井から、円筒形の金属の筒が俺とロボットのいる位置めがけて下りてくる。 

ガス… だろうか。

出来れば、苦しまずに死にたいものだが… しかし、俺の計算に間違いは無い筈、だったのに…


彼が最後に考えたのはその事だった。


---
「今日の「裁定」は? どうだった?」

彼は、囚人室の監視モニターを見ながら言った。 

「勿論、「ランクT」よ。 当然でしょ?人を四人も殺してるのよ、そして、その内の二人は… 幼い子供なんだから…」
「そりゃそうだが… しかし、このシステムさ、本当に大丈夫なのかな? 今まで「裁定」したのは… 205人か? それがみんな例外無く「トラッシュ」なんだぜ? 中には、万引き程度の…」
「いいのよ!」彼女は彼の言葉を遮る様に言った。
「大体、世の中の犯罪者が後を絶たないのは… 貴方みたいな甘い考え方の人がいるからなのよ! みてて御覧なさい、後何年かすれば、世の中に犯罪者はいなくなるわよ? こうやって、…犯罪者を「トラッシュ」として遺伝子を含め完全に処理していけば、何時か
はね…」

彼は、彼女の顔をまじまじと見詰めながら溜息をついた。 

「それ、本気で言ってるの? それじゃ、何故、自分で手を下さないんだ? 後ろめたいからだろ? 何故、ロボットに人殺しをさせるんだ? 「トラッシュ」指定は人間じゃないなんて教えるんだ? …君達は偽善者だよ。」

「俺には… とてもついていけない… それに、ロボットが可愛そうだろ…?」 

彼はその部屋から静かに出て行った。


おしまい。

ロボットのれきし/小学校3年生向け教材より

「ロボットのれきし・小学校3年生用」

≪はじめてのロボット≫

ロボットが、はじめてわたしたちの仲間として登場したのは、一体いつの事だと思いますか? みなさんは知っていますよね。 そうです、2023年のことです。

そのころは、人工の知能(ちのう)にたいして、よく分からないなとか、怖いな、と思う人たちがたくさんいました。 そして、今では、だれもがあたりまえに知っている、「ロボット工学の三原則」についても、よくりかいしていない人も多く、ロボットにきちんとめいれいを出す事ができませんでした。 そういうわけで、ロボットがわたしたちの世界に登場してから、みんながロボットと友達になるのには、それからもう少しだけ時間が必要だったのです。 さて、ロボットの……

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教科書にはそう書いてありますが、実際に起こっていたのはこんな事だったのです。


* 実際のお話・第一話/愛しのロボット *

俺は、半年分の給料を握り締め、ディーラーへと向かっていた。 何の為かって? 勿論、ロボットを買う為さ。 頭金として給料の六ヶ月分に相当する(俺にとっては大枚だ)手付け金、そして、35年のローン…。 馬鹿らしいと思っているんだろ? 発売されて間も無い「ロボット」なんて、役に立つもんか。 そう思っているんだろ、分かってるよ、そんな事。 だが… 考えてみな? ロボットだぜ? ロボット! 俺には我慢なんてできなかった。 君だってそう思う筈さ。 俺の立場ならね。 憧れて憧れぬいた愛しのロボットが… ロボットがだよ? 俺だけのものになるんだからな。

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俺は、ロボットを連れて家に帰った。 最低ラインのモデルだ…。 
しかし、ロボットには違いない。 

俺は、マニュアルを広げると、"彼"の胸の左側にあるパネルを開き「メインマスター」とあるその部分に俺のIDを打ち込んだ。 心臓がどきどきする。 

"彼"が目を開いた。

「あなたがわたしのごしゅじんさまですね」
「そうだよ、君。 私が君の… 主人だ。」 
ああ、何という快感。この俺が、ご主人様、このロボットのご主人様なのか?
「はいわたしはR0000128です」
「君には名前が無いんだな…。 宜しい、私が付けてやるよ。 しかしその前に、君にやってもらいたい事がある」
「なんでしょうかごしゅじんさま」
「これから、角の自動販売機で煙草を買って来てくれないか?」
「ZZZZZZZZZ---計算終了/PPPPP---ごしゅじんさまもうしわけありませんがそのごめいれいにはしたがうことはかないません」
「へ? 何だって? もっと分かり易く喋ってくれ」
「たばこをかいにいくことはできません」
「如何してなんだ? お前は、俺の云う事は何でも訊く筈じゃないのかい?」
「はいしかしわたしはろぼっととしてのほこりにかけてごしゅじんさまにきがいをくいわえるわけにはまいりません」
「は?」
「ですからあなたさまがこのさき30ねんかんいちにちじゅっぽんのたばこをおすいになったばあいのがんにかかるかくりつは/ZZZZZZ---計算終了---1.0462%/わたしはわたしがたばこをかってくることによりあなたがさらされるであろうりすくをみすごすわけにはまいらないのですべつのめいれいをおねがいいたします」

そうか、これが… 話に聞くロボット工学の三原則というやつなんだな? 

「それじゃあ、スーパーマーケットに行って牛乳を買って来てくれ」
牛乳ならば… 問題無かろう、俺は思った。
「ZZZZZZZZ---データ不足/ごしゅじんさまこのおやしきにはめっきんしつがそんざいいたしますでしょうか」
「めっきんしつ? ああ、滅菌室か。 そんなもんある訳なかろ?」
「はいZZZZZZZZ---計算終了/もうしわけありませんがそのめいれいにしたがうことはできません」
「んへ? また? どうしてだ」
「このおやしきのしゅういのたいきせいぶんをぶんせきいたしましたところゆうがいなかがくぶっしつおよびひとかぜういるすほんこんAがたいんふるえんざいういるすはしかういるすなどかんせんしょうのびょうげんきんがまんえんしておりますわたしがそとへでてこのようなびょうげんきんをしつないにもちこむことでごしゅじんさまがひがいをこうむるかくりつは----0.9845%/わたしはわたしががいしゅつすることによりあなたがさらされるであろうりすくをみすごすわけにはまいらないのですべつのめいれいをどうぞ」

「ム… なら、ベランダに布団を干してくれ」
「はいZZZZZZZZZ---計算終了/もうしわけありませんがそのめいれいにしたがうことはできません」
「むぐぐぐぐ… どどど、どーしてだっ」
「このおやしきにふずいしているばるこにーのきょうどをすいさついたしますにわたくしがそこにたったばあいわたしのたいじゅうによりばるこにーがほうかいするかくりつは----46.393%/わたしはわたしがばるこにーにたつことによりあなたがこうむるであろうそんがいをみすごすわけにはまいらないのですべつのめいれいどうぞ」

俺は、血液中にアドレナリンが噴出するのを感じながら、しかし、この俺の憧れであるロボットとなんとか歩み寄る術は無いかと考えた。

「うむむ?。 そ、それじゃあ… え?っと、むむむう。 そうだ、疲れたから俺の肩を揉んでくれ… お願いだっ」
「はいZZZ---計算終了/もうしわけありませんがそのめいれいにしたがうことはできません」
「……はぁあああああ?!」
「わたしはさいていれべるのろぼっとであるためあくりょくのちょうせつきのうがさんだんかいにしかせっていできませんさいていしゅつりょくでもあなたのかたのほねをくだくおそれがありますそのかくりつは----87.341%/わたしはわたしがあなたのかたをもむことによってあなたにちょくせつのきひがいをくわえるおそれをみすごすわけにはまいらないのですZZZZZZ----おやごしゅじんさまおかおのいろがすぐれないごようすですがいかがなされなましたかZZZZZZ------計算終了/ごしゅじんさまざんねんですがわたしはおいとましなければなりません」

俺は、耳を疑った、この俺の愛しいロボットが今口走った言葉はなんなんだ? 

「どぉおおおおして、そぉおなるんだおぉおおおお!!!!!」
「はいごしゅじんさまのしんぱくすう/けつあつ/けっちゅうあどれなりんのうどえとせとらのすべてにいじょうすうちがでておりますこのまますとれすかたのかんきょうにみをおくことによりあなたがしんけいせいいえんになるかくりつ----89.701%/せいしんてきないじょうをきたすかくりつ----27.008%/のうけっせんになる
かくりつ----56.870%/しんきんこうそくのかくりつ----45.982%/なんらかのしっかんをりかんするかくりつは----93.509%/わたしはわたしがここにそんざいすることによりあなたがさらされるであろうりすくをみすごすわけにはまいらないのですごしゅじんさまさようなら」

俺は、去っていく俺の愛しいロボットの背中を見ながら考えた。 君が去っていく事により俺がこうむる損害へのリスクは…? 一体どうなるんだい? 

それにしても、ロボット工学の三原則ってのは一体… なんなんだ? 

---
おしまい

ノックの音が…

小さな箱を前にしたその男は、ノックの音に微かなため息をついた。

「…またか、一体どうなってんだ?」 男は一人ぶつぶつと呟きながら、大儀そうに腰を上げ、ドアを細目に開けた。 
「ちわっす、宅急便でっす。 判子お願いしゃっす」
「くそぉっ、やっぱりかぁ…!」 
男は、手渡された小さな箱を両手に載せたまま、宅急便屋のお兄ちゃんがトラックの方へと去って行くのを呆然と見送った。
「一体全体、こりゃどぉいう冗談なんだろぉなぁ? 誰なんだよぉ…こんな悪戯しやがってよぉ…」 
男は、見たくないという思いに囚われつつも玄関から彼の城である筈の六畳一間の部屋を振り返った。 振り返りたくも、見たくもないが、しかし、振り返らずにはいられないのである。 そこには、既に何百と言う、同じ小さな箱が散乱しているのだから。
「これは一体何なんだよぉ…誰か教えてくれよぉ…」

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「ねぇ? お兄ちゃん… 居るの? 入るよ… んあ?! 何よこれ…」
男の万年床は既に例の「小さな箱」に埋め尽くされていた。 …と、その一部分が小刻みに震えた。 
「んだよぉ、うっせぇなぁ… なんだ、お前か…」
「うっせぇ… じゃないでしょうが! 何よ、こんなに散らかして。 恥ずかしくないの三十にもなって… だからお兄ちゃんはねぇ…」 
「俺の所為じゃねぇんだよぉ… いいかぁ…」 男はおもむろに起き直ると、事の成り行きを説明し始めた。

---
「ふ?ん。 で? 何処から送られて来てるかわかんないの? ホントに?」
「うん。 わっかんねぇ。 そんでよ、これ、あかねぇんだよな… なにもはいっちゃいねぇみてぇだしよぉ」 
「ホントだ。 でもさ、お兄ちゃん。 ねぇ… これってさ、何か… 綺麗な箱じゃない?」
「へ? 何が?」 
「だからさ… こんなにすべすべしてて… 何処にも継ぎ目が無いじゃないよ光ってるし」 
「へ?…」 男は、その小さな箱を矯めつ眇めつしながら答えた。 
良く見ると、それは艶々とすべらかな表面に、微妙な美しいサーモンピンク、そして確かに、内部から滲み出るような微かな光沢を放っていた。
「ほんとぉだぁ… 気付かなかったよぉ。 流石、修士様は違うやねぇ…」 
「何、茶々入れてんのよ… それにほら… 何か書いてあるじゃないの」
「へ?…」 確かに、箱の側面に何やら記号のような物が記されているのがはっきりと読み取れた。
「ねぇ。 お兄ちゃん… これってさ、この記号みたいなのってさ…」
「うん? なになに?」 
「ん?も? だからさ、順番に並べられそうだよ… ほら、法則があるみたい」
「へぇ??」
「もう! お兄ちゃんったら! ほら、貸してみて…」

どうやら、その物体の刻印は、その小さな箱を並べる為の一種のマークであるらしい。 男は、妹の指示のもと、素直に小さな箱を順序良く積み上げる事に専念していた。 箱のことが気になると言うよりは、妹が恐いからなのではあったが…。

「さ、お兄ちゃん。 これが最後でしょ?」
「ん?。 でもさ、まだここん所が虫食いじゃん?」
「そりゃ… これから未だ来るんでしょ、宅急便が。 当ったり前じゃないよ」
「え?、まだ来んのかぁ… んで、これどぉすんの?」
「そりゃ… 完成させなさいよ。 後少しなんだからね。 解った? やり方?」
「ん?、解ったよぉ… 多分」
「多分じゃないわよ… じゃ、わたし、帰るから。 出来たら教えてよ、何だか面白いじゃない? あ、もうこんな時間! じゃね…」
「え? じゃねって! …あぁあ、行っちまいやがったぁ。 俺は、どこでねりゃいぃんだよぉ…」

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今や、その構造物は只でさえ狭い六畳間の壁一面を占拠し、男の万年床は、壁際に置いてあった家財道具とともに、反対側の隅へと押しやられていた。 そして、今日もノックの音が響き渡る。
「ちわっす。 毎度、宅急便でぃっす。 判子お願いしまっす」
「あぁ… おにいさんさぁ… いつも元気だよねぇ。 羨ましいよぉ」
「そうっすか? それにしても、お宅さんも大変すっよね。 どうするんっすか? あのでっかいピンク」
「まぁねぇ… まぁ、どぉにかなるんじゃねぇのぉ… はっはっは」
「そうっすね。 へっへっへ。 んじゃ、そろそろ行くっすよ。 へへ…へ」
男は、すっかり馴染みになった宅急便屋のお兄ちゃんを見送ると、振り向いた。 その両手に、あの小さな箱が乗っていることは、勿論、言うまでも無い。

「そぉだよなぁ… どぉすんだよぉ、これをよぉ… まったくぅ、ピンク色に光りやがってぇ。 おちおち寝てられねぇんだよぉ。 くそぉ、妹のやろめ。 面白いってんなら、家に持ってきゃいいんじゃねぇのぉ? だいたいが、無責任なんだよぉ… あいつはよぉ…」
「だ・れ・が… 無責任なんですって? お兄ちゃん?」 
「ア…! い、いやぁ、はっはっは。 お前学校は? ああ、それより、お前さぁ 見てみろよぉ。 そろそろ… じゃないかなぁ… なぁ?」
「ホントだね、お兄ちゃん。 もう直ぐ全部埋まっちゃうね。 何か… やっぱり綺麗だよねぇ これって。 そだ、お兄ちゃん、わたしさ、これ、調べてみようと思うんだけど、一個、持ってってもいいでしょ?」
「あぁん、いいよぉ… なぁんにも使ってねぇしなぁ はっは」
「うふふ… そりゃそうよね… じゃ、もってくから…じゃね」男は、手にしていた箱を、壁の構造物にはめ込もうと、脚立に登った。
「勉強熱心だねぇ 相変わらず… んっと、これはぁ… ここかなぁ… 大家に見付かったらやばいよなぁ… 脚立のせいでぇ、畳がぼろぼろになっちまってるしよぉ。 あ、ここかぁ けっ… て、手がとどかねぇ…」


「やっぱり… そだよなぁ、聞こえるよなぁ? なぁ、兄ちゃん?」
その構造物の虫食いの穴は、もう既に埋まろうとしていた。 六畳間の壁の一面が、今では全て箱に覆われ、てらてらと光を放っている。
壁の完成が近づくに連れ、男は妙な現象が起こっている事に気付いた。
「そうっすね。 なんすかね? 変な音っすよね。 あ、呼び出しっす…んじゃ行くっすよ…」
「あぁん、またよろしくなぁあああ…」
構造物…いや、今や壁と言うべきそれは、以前のピンク色とは違う青味がかった色に輝きの色を変化させていた。 そして、この音である。
何とも、言い様の無い摩擦音とでも言うべきなのか… 男の耳には、何かが壁の向こうで壁をまさぐっているように聞こえるのだ。
「あの兄ちゃんにも聞こえるってぇことはよぉ… やっぱりさぁ、俺のそらみみじゃねぇんだよぉ… がさごそがさごそぉ、うっせえったらねぇなぁ… んじゃ、今日のぶんっとぉ。 あれぇ… これで終わりぃい? へっ 終わったかぁ… へへへへ
アトはぁ、妹のやろが持ってったあれだけかぁ? ん? こりゃまた色が変わってる…? ねぇ?」
壁は、短いサイクルで発する光の色を変えているようであった。 そして、騒がしい… 話し声のような音が聞こえてくる。
男は、壁の前で胡座をかくと、壁に向かって話しかけた。
「ちょっとさぁ、しずかにしてくんないかぁ… 俺、眠いんだけどさぁ」

音が止んだ。

「いいねぇ… 素直だねぇ… んじゃ、寝るとするかぁ… おやすみぃ」男は、そのままごろんと横になると直ぐに鼾を掻き始めた。

そしてまた、壁からの音が始まった。


「…ん! …ちゃ…ん! お…ちゃん!」
「…がぁああ! っんだよぉお… ふぁああああ」
「お兄ちゃん! あくびしてる場合じゃないよ!」
男の妹が血相を変えて飛び込んできて、男の布団の上から思い切り、男の身体を揺さぶった。 
「あんだよぉ、おまえ、うるせぇぞぉ… 眠れないじゃんかよぉ」
「だって! ア…アレ? …ね、お兄ちゃん。 これ、緑色…だっだっけ?」
「ん? 昨日から、こんな感じなんだよぉ。 変わるの、色がぁ。 そいからさぁ変な音も聞こえるんだよなぁ…」
「え…? 音?!」 手にした小さな箱を気味悪げに見詰めながら妹が言った。
「ね、お兄ちゃん。 これさ、この箱さ、これ金属だかセラミックだかわかんないんだけど… 違うみたいなの…」
「何がぁ? お前、何いってんのぉ?」
「だからぁ… ち、地球上の物質とは違うっていってんの」
「へぇ… んでぇ? だからぁ?」
「だから、これさ、何だか… まずいんじゃない、かな… 如何しよう! お兄ちゃん! これ返すっ…」 彼女は、手の中にある箱を男のいる方へ放り投げようとして、腕を振り上げた。

その刹那、彼女の手から、その小さな箱が消えた。

---
「投げちゃだめっすよ。 壊れものっすよ。 妹さんっすね。 俺、宅急便屋っす。」
いつもの宅急便屋の兄ちゃんがにこにこと笑いながら、小さな箱をいとおしそう撫で上げていた。 と思うまもなく、彼は、最後の箱を、納めるべき場所へ収めた。
「いや、ほんっと助かったっすよ。 組み上げようにも、これ、目立っちまうっすからね。 いい場所をね、探してたんっすよ。 お宅さんの部屋が丁度座標軸にぴったりだったんす。 それに、この人のおおらかなところが気にいったんすよ。 へっへっへっへ。 その上、妹さんは、頭良いっすからね。 きっと解ってくれると思ってたっすよ… いやあまったく、ホントに上手くいったっす。 こんなに上手く行くとは思わなかったっす。 へっへっへ」
「へ? お兄ちゃん、何いってんのぉ? なに? そんなに俺のこと気に入ってくれたんだ? いやぁ… 照れちまうよなぁ… なあ? おまえ…」
「お兄ちゃん! 何馬鹿な事いってんのよ! ほら見なさいよ!」
完成した壁は、箱と箱の隙間がぴったりと塞がり、まるで最初からそうで有ったかのように滑らかな一枚の板になり、明らかに内側から光り始め、その表面が半透明に変化していた。
「いやあ、ほんっと、言う事無いっす。 ここには、危険なものも無いっすから、安心して、お客さんを呼べるっす」
「ちょっと、あんた! あんた一体何よ! 宅急便屋なんかである訳ないじゃないよ!」
「俺っすか? 俺、宅急便屋っすよ。 あっちの世界じゃ、名が通ってるんすからいや、ホントっす… 特異点を配達してるんっすよ。 今回は、未開地っつうことっすからね… 如何しようかなって思ったんすけど。 来てよかったっすよ。」
「なぁ… 兄ちゃん。 なんか出てきたみてぇだよぉ… ひぇっ、ちせぇなぁ」
「お宅さん… いいひとっすね。 惚れたっす。 どうっすかね、俺と一緒に、やりませんか… 宅急便。 面白いっすよぉ…」
「ふうん… それもいいかもなぁ… でもよぉ、結構めんどくせぇよな。 俺、寝てる方がいいよぉ… んで? このちいせぇの、どうするんだぁ?」
「なんだぁ… 残念っすよ、お宅さん。 いい線行くと思うっすけどねぇ。 ああ、この人達っすか? え?っと、258人っす、全部で。 滞在は…っと、地球時間で一ヶ月っすね。 ああ、只の観光っすよ、何も心配いらないっす。 添乗員が一緒っすから。 んじゃ、また一ヶ月経ったらまた来ますんで、それまでよろしくお願いするっすよ… この人達が帰るまでは、特異点を置いとくっすから。」
「ちょっとぉ、あんた! さっきからべらべらべらべら! それでっ、その後どうすんのさ!」
「ああ、大丈夫っすよ。 妹さん。 一ヶ月経ったら、俺がまた運ぶっすから…。じゃ、お宅さん、考えが変わったら言って下さいよ。 また、来るっすからね」
「あぁん、じゃあなぁ、またよろしくなぁあああ…… なぁ、お前。 行っちゃったなぁ」
「お兄ちゃん! 如何してそう浮世離れしてんのよ! 付き合っていられないよ! こんな時に、暢気なんだから!」
「まぁ…そう言うなって。 それよりよぉ、このちぃせえ奴らと遊ぼうかぁ…」
「へ…? もう、知らないよ…! お兄ちゃんの馬鹿!」

「あぁあ、行っちまいやがったぁ。 相変わらず、つまんねぇやつだなぁ、よぉし… 仕方ねぇなぁ。 …んじゃ、また一眠りするか…」

彼は、輝くピンクの壁を背に布団を敷き直すと、幸せそうに布団に潜り込んだ。

おしまい
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た ま む し い ろ

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